折口信夫の死者の書 | [書評]死者の書・身毒丸

死者の書・身毒丸
著者: 折口 信夫
ISBN:4122034426 / 発売日:1999-06-18
出版社.: 中央公論新社

大津皇子伝説と中将姫伝説

彼の人の眠りは、徐かに覚めて行った。

奈良時代後期、100年ほど前、持統天皇の怒りに触れ、死を賜った天武天皇の皇子、大津皇子のミイラが、古墳の中で目覚めます。彼をこの世に引き止めているのは、死の直前に見た藤原家の美女、耳面刀自への執着であり、彼女の縁者に当たる藤原南家の姫が、その執心に引かれ、都から当麻寺までやって来ます。古代における、死者と生者との心の交感・・・。

近代日本を代表する民俗学者で古代史研究者である折口信夫の小説「死者の書」は、万葉集に伝わる大津皇子伝説と、当麻の土地に伝わる中将姫伝説を組み合わせて、古代の世界へと読者を誘ってくれます。古代語や古代史、万葉集や古事記など古代文学についての知識が読者にあることを前提にして書かれているため、読みにくいところはありますが、その古代の雰囲気そのままの作品世界に、思わず引き込まれてしまいます。

古代への憧憬

其は、幾人の人々が、同時に見た、白日夢のたぐひかも知れぬ。

「死者の書」は、いわゆる近代小説の枠組みには入らない作品なので、ストーリー展開も難解で、読みにくく、分かりにくいところがあるのですが、全体に漂う強烈な古代への憧憬の念に、作者と同様の感性を持った人ならば必ず惹き付けられるでしょう。

作品の至る所に散りばめられた古代語は、古い日本語の持つ言霊の力を感じさせてくれます。最初に私がこの小説を読んだのは、万葉集に触れたばかりの10代のころでしたが、その後、年齢を重ねてから読み直すと、日本人として自分が完成してきたせいなのか、ますます言霊の力を感じ、理解が深まってきたように思います。

死者である大津皇子の魂が藤原家の姫の閨を訪れるという、一見歴史怪奇もののような物語にも見えるのですが、本当に古代に還ったかのような作品世界の雰囲気に圧倒されます。

日本人であれば、ぜひとも一度は読んでおきたい日本近代文学の名作の一つであることは間違いがないと思います。

死者の書・身毒丸
著者: 折口 信夫
ISBN:4122034426 / 発売日:1999-06-18
出版社.: 中央公論新社

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