丹念に描かれたファンタジー”世界”を感じる心地よさ | [書評]獣の奏者 1闘蛇編

獣の奏者 1闘蛇編
著者: 上橋 菜穂子
ISBN:4062764466 / 発売日:2009-08-12
出版社.: 講談社

「精霊の守り人」シリーズの作者、上橋 菜穂子のファンタジー

「精霊の守り人」シリーズの作者が新たに紡ぎ出したファンタジーです。とにかく、物語の世界に引き込んでくる力が強い!主人公の少女エリンのように、読者もまた、物語の世界にぐいぐいと巻き込まれていくようです。

文庫版では4巻+外伝で全5冊ですが、とりあえず試しに……と思って1巻を買って読んだところ、ページを繰る手が止まらなくなり、翌日あわてて続きを全部買いに走りました。なので、これから読むという方には、ある程度まとめて買って、腰を据えて読むのをお勧めします。

圧倒的な存在感を誇るのが、作中に登場する獣──「闘蛇」と「王獣」です。巨大で凶暴で、決して人に馴れない獣たちを、リョザ神王国内では、戦士の乗り物や王への献上物として育てられています。

闘蛇には鋭い爪が生えた前脚と後脚があり、地上に這い上がって駆けだせば、その速さは、どんな駿馬にも勝る。地上を駆ける姿は蛇というよりは竜に見えたが、彼らの棲み処は水中であり、脚をぴったりと腹につけてうねりながら泳ぐ姿は、まさしく蛇だった。硬い鱗には矢も刺さらず、戦士を乗せて敵陣へ躍りこんでは人馬もろとも噛み裂いて殺す、凶暴な蛇……。

闘蛇の生態が、「獣ノ医術師」を目指す少女の視点によって詳細に描かれます。ファンタジーにありがちな、獣の「キャラクター感」はありません。この世界にいるのは、人間を簡単に噛み裂く力を持った、獰猛な野生の獣です。

複雑な抑揚をつけた、指笛に似た鋭い音を発しながら、それがエリンたちの上にさしかかると、あたりが一瞬暗くなった
それは、鳥ではなかった。
目を閉じるのも、息をするのも忘れて、エリンは頭上を通り過ぎていくものを、目に焼き付けた。
岩棚をすっぽりおおうほど巨大な翼と白銀に輝く針のような体毛、狼のように精悍な顔、鋭い爪を持った大きな足……。

凶暴で恐ろしい印象の闘蛇に比べ、王獣は美しく神々しい印象です……が、闘蛇を唯一、捕食するのがこの王獣でもあります。そして闘蛇も王獣の雛を補食するので、互いに互いが天敵です。

「獣ノ医術師」を目指す少女

主人公エリンは、母と同じ獣ノ医術師を目指して学校へと進みます。エリンの才、血筋、育ち、そして何よりも、歯を食いしばって血を吐きながら積み重ねる努力。ヒロインという言葉から連想しがちな、弱々しさや美しさとは無縁です。エリンは、泥の中で獣の臭いにまみれ、血と汗と涙とともに、自分の生きていく道を選び取っていくのです。

やがて、王国内の争いや、民族の成り立ち、謎めいた言い伝え、そんなものたちに、否応もなくエリンは巻き込まれていきます。そして読者は、いつのまにか全力でエリンを応援してしまうのです。がんばれ、負けるな、ああまたそんな無茶をして!

書店によっては「ファンタジー好きじゃない人にも……」というような勧め方をされているようですが、個人的にはファンタジー好きな人にこそ読んでもらいたい。こんな骨太で本格的な、ドキドキしながら一気読みできるファンタジーを、「好きじゃない人」に味あわせるなんてもったいない!

ファンタジーを描くというのは、“世界”をまるごと描くことに他ならず、読者はそれをまるごと受け止めることになります。丹念に描かれた“世界”を感じる心地よさを、ぜひ味わってみてください。

獣の奏者 1闘蛇編
著者: 上橋 菜穂子
ISBN:4062764466 / 発売日:2009-08-12
出版社.: 講談社

あわせて読みたい