あとがきを読んで、一瞬で作品の見え方が変わってしまう一冊 | [書評]ハルさん

ハルさん
著者: 藤野 恵美
ISBN:4488414117 / 発売日:2013-03-21
出版社.: 東京創元社

温かくて優しい、幸せに満ちた本編

読み終えた後には、心の中にあたたかくて、ほっこりしたものが満ちてきて、幸せな気分になります。主人公は、ふうちゃんと呼ばれる女の子と、その父親であるちょっと気弱で優しいハルさん。

最初はお父さんに頼りきりだった小さな女の子が、しだいに成長し、まっすぐに成長していく過程と、父親と娘がお互いを思いやる心情が丁寧に描かれています。ラストシーンは、ふうちゃんの結婚式。「亡くなったお母さんの分も受け取って」とハルさんに花束をふたつ渡すふうちゃん。嗚咽がこみ上げてきて、言葉にならないハルさん。子供を持つ親として、涙なしでは読めない、感動の作品です。

「あとがき」を読んで、その見え方が一変。衝撃の事実。

しかし、この作品のあとがきを読んで、作品のイメージが一瞬にして変化しました。

著者である、藤野恵美さんが書かれたその内容を抜粋したいと思います。

実際には父親が暴力をふるうひとだったからこそ、その反動として、ハルさんというキャラクターなのかもしれません。有り得たかもしれない幸福な子供時代を描いたことは、私にとって意義深い経験でした。自分の育った家庭環境から、まっとうに子育てをできる自信などなく、子供を持つことはないだろうと思っていたのですが、この作品を書いたことで心境に変化があり、いま、私の傍らには三歳になる息子がいるのでした。

また、この物語を作らせた思いについても著者は語っています。度重なる夫のDVに耐えかねてかどうかわかりませんが、母親が子供たちの眠っている家に火をつけ、そんな中幼い妹たちをどうやって逃がそうかと思案していたとき、その時の思いがこの作品を生んだのだと。壮絶な体験に言葉を失いました。

著者がどんな思いでこの物語を記したのかに思いを馳せてみて

子どもの頃、そんな環境で育った著者はどんな思いで、このハルさんを書いたのでしょう。怒らないハルさん、怒鳴らないハルさん、ちょっと気弱で、ときにはじれったくなるようなハルさん。私にとっては少し頼りないとすら思える人物。でも、それが著者の理想の父親像、自分が得られなかった父親の姿なのだとすれば、納得できるようにも感じます。

あとがきを読まなければ、「温かい作品」とだけ感じられたであろうこの一冊。著者が、現在、息子さんを育てられているということ、そのきっかけがこの作品であったという事実に、神様が書かせてくれた作品なのではとさえ私は感じます。著者と息子さんの今後の幸せを心から願いたい、そんな思いにさえなる作品です。

ハルさん
著者: 藤野 恵美
ISBN:4488414117 / 発売日:2013-03-21
出版社.: 東京創元社

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