軍人になりそこなって、歴史家を目指す生き方 | [書評]銀河英雄伝説

銀河英雄伝説
著者: 田中 芳樹
ISBN:4191526243 / 発売日:1982-11
出版社.: 徳間書店

『銀河英雄伝説』は歴史家という職業と戦略の重要性とを教えてくれた本です。

この物語には、歴史家志望でありながら、学資がなくやむをえず軍人になった人物が登場します。同盟側の主人公ヤン・ウェンリーです。

ヤンは軍人としての出世にまるで興味がなく、退役して年金生活に入りたがっています。ですが、戦史に精通していることから奇策を編み出すことに長けており、本人の意志とはうらはらに英雄として持ち上げられます。

1.ヤンを逆にまねる──軍人になりそこなって、歴史家を目指す

歴史家になり、ヤン・ウェンリーの事蹟を記録し、いつかはこの灼熱した数年間の記憶を後世に残したい。そうユリアンは思うのだ。それはたしかにヤン・ウェンリーの影響であったが、同時に、この時代を生き、多くの歴史的な人物に接してきた彼自身の意識の目ざめでもあった。

子供のころの私は、祖父が軍人だったためか、防大に進学して海上自衛隊に入り、潜水艦乗りになろうと思っていました。凍てついたオホーツク海で、ソ連海軍の原子力潜水艦と戦う──これが小学生のころからの夢でした。

しかし、15歳のとき、近視が進んで裸眼視力が0.1を切ってしまいます。裸眼視力が0.1以上ないと、自衛隊には入れません。当時は視力矯正手術のことも知りませんでした。人生初めての挫折を味わったときに『銀河英雄伝説』に出会いました。

歴史家になりそこなったヤンは軍人になった──その逆を行ってみようかと思ったのです。軍人(自衛官)になりそこなった私は歴史家になってみようと。

15歳の私はおおざっぱな計画を立ててみました。東大の文科III類に入り、文学部の西洋史学専修課程に進みます。優れた卒業論文を書いて、大学院に進学し、学位を取って歴史研究者になります。

2.必勝の戦略──敵を圧倒する兵力をそろえろ

「君にとって必勝の戦略とはどういうものかね。後の参考のために、ぜひうかがっておきたいが」
「敵に対して少なくとも六倍の兵力をそろえ、補給と装備を完全におこない、司令官の意思をあやまたず伝達することです」

だが、公立高校に通っていた私は、東大に百人以上合格するような国立・私立の有名中高一貫校生に対抗できるか自信がありませんでした。そこで、ヤン・ウェンリーの持論、“敵を圧倒する兵力をそろえろ”を応用してみました。

有名進学校の生徒がいかに優秀であっても、まさか高校1年生の段階で卒業論文のテーマを決めたりはしないでしょう。たいていは大学4年生の春に決めるはずです。ですから、15歳の今、卒業論文のテーマを決定し、そこからやるべきことを逆算して実行します。そうすれば、他者の7倍の時間を卒業論文にあてられます。7倍の時間があれば、多少の能力差を覆せるはずだ、と当時の私は考えたのです。

予定通り、私は志望校に合格して、15歳のときに決めたテーマで卒論を書きました。もちろん優の評価をいただきました。ですが、“象牙の塔”にこもるのではなく、もっと広い世界を見たいと考えて、大学院に進学するのはやめました。卒論を書いたことで、気持ちに一区切りがついたからかもしれません。

3.歴史家とは、物事を歴史的にとらえる者

彼はもともと軍事に志があったわけでなく、いくつかの偶然が彼の背を突き飛ばさなければ、歴史の創造者ではなく観察者として生涯を終わったであろう。

ヤン・ウェンリーは大学や研究所で研究者としてのポストをもったことはなく、公的な職業としては軍人です。それでもヤンは歴史家でした。歴史という概念を生み出した偉大な歴史家、古代ギリシアのヘロドトスも、大学や研究所とはまったく縁がありませんでした。

人は物事を歴史的にとらえて行動していれば、歴史家なのです。公的な肩書には何の意味もありません。このことがヤン・ウェンリーから学んだ最も大切なことでしょう。

遠い未来、銀河系に進出した人類の物語。専制政治を行う銀河帝国、帝国と対立する民主共和制の自由惑星同盟、中立を維持し中継貿易を行うフェザーン自治領の三勢力を背景として、帝国の野心家ラインハルト・フォン・ローエングラムと同盟の軍人ヤン・ウェンリーとの戦いを描きます。

銀河英雄伝説
著者: 田中 芳樹
ISBN:4191526243 / 発売日:1982-11
出版社.: 徳間書店

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