文豪夏目漱石の優れた思想を学べる書 | [書評]私の個人主義
「私の個人主義」は文豪夏目漱石の5つの講演を収録したものです。
この本を読むことによって、漱石がどのような人生を歩み、どのようなことを考えてきたのかをうかがい知ることができます。今年は漱石の没後100年の節目の年に当たり、この本に収録されている講演は100年以上前に行われたものですが、現代に生きる評者が読んでもほとんど古さが感じられませんでした。漱石の先見の明、慧眼ぶりに大変驚かされました。
私の個人主義
この本に収録されている講演の中で評者が最も印象に残った講演が、本のタイトルにもなっている「私の個人主義」という講演です。
私はこの世に生れた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当が付かない。私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独の人間のように立ち竦んでしまったのです。
漱石ははじめ松山で英語教師になりましたが、それは彼がやりたいと思っていたことではありませんでした。そんな中彼は文部省からイギリス留学を命じられたのです。イギリスに来ても、彼の空虚感は消えることはありませんでした。そんな中で彼は神経衰弱、つまり「うつ」にまでなってしまったのです。
彼は悩む中で、彼の神経衰弱の原因が、いつも他人からの評価を鵜呑みにしていた「他人本位」であったことに気づきます。そしてそれとは反対の「自己本位」に生まれ変わって、彼は神経衰弱を克服することができたのでした。
私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。
これは現代人の抱える悩みと何も変わらないのではないでしょうか。他人の評価や視線を気にする「他人本位」の考え方に染まった現代の日本人に、それでよいのかと厳しく問いかける講演であるように思います。
現代日本の開化
「現代日本の開化」という講演は、漱石が鋭い洞察力を持っていたことがよく分かる講演です。一般に明治時代というのは日本が文明開化を成し遂げた時代であるとされていますが、漱石は日本の文明開化は西洋のそれとは異なるものであることを見抜いていました。
西洋の開化(すなわち一般の開化)は内発的であって、日本の現代の開化は外発的である。ここに内発的というのは内から自然に出て発展するという意味でちょうど花が開くようにおのずから蕾が破れて花弁が外に向うのをいい、また外発的とは外からおっかぶさった他の力で已むを得ず一種の形式を取るのを指した積なのです。
つまり西洋の開化は内部から自発的になされたものであるのに対し、日本の開化は黒船をはじめとする外部からの圧力によってやむを得ず開化させられた受け身のものであったということです。
この指摘は全く正しいものであると思いますし、日本と外国(西洋)との比較文化の観点からも大変参考になる講演であるように思いました。