武士としての生き方の葛藤を描いた歴史小説 | [書評]生きる

生きる
著者: 乙川 優三郎
ISBN:4167141647 / 発売日:2005-01
出版社.: 文藝春秋

どんな物語?

第127回(平成14年度)直木賞作品の作品です。舞台は江戸時代、ある藩の壮年武士が主人公。

この物語は、どうにもならない不条理を耐える武士の生き様と、心の葛藤を描いた作品です。とある藩の藩主が、臨終の間際に、家臣に後追いの切腹を禁止する「追腹の禁令」を出すところからストーリーは始まります。この時代は、藩主が亡くなると部下の武士たちは殉死をするのが慣わしでした。

藩主の死後、切腹を決めていた主人公である初老の武士は、上司である家老のたっての頼みにより、他でもない藩主の命令を守るため、生き残ることを決意します。

しかし、同僚や部下たちは、藩主の意志に背いて次々と切腹を遂げていく中で、それなりの地位に就いていた主人公が殉死をしないことに、不満をもつ人々が現れます。

他でもない、亡き藩主の意志を守るという信念をもって生きようとする主人公は、自分の筋を通すことで、どんどん悪い立場になっていきます。やがて主人公は職を追われてしまい、晩年に差しかがる時期に、人生最大の苦境に陥ってしまうのです。

そんな状況の中で、病気がちだった最愛の妻に先立たれてしまいます。むしろ死んでしまった方が楽な状況に陥っても、それでも主人公は生き続けます。

現代社会を生きる人々に通じるものも!

この作品では、仕事や生き方に対して、自分の信念や筋を通すことで、世知辛い世の中に振り回されている壮年男性の心情を見事に描いています。江戸時代が舞台の歴史小説ではありますが、様々なことを犠牲にしつつ、身を粉にして働く、現代の中年男性の心情にもマッチしているのではないかと思います。

物語には、もう自殺してしまった方が楽なような状況で、「それでもなお、生きる」という、しっかりとしたテーマが横たわっていています。

重厚なテーマに対して、文学特有の難しい言い回しや比喩などがほとんどなく、あっさりした文章でとても読みやすいので、文学をあまり嗜まない人にも、是非おすすめの一冊となっています。

生きる
著者: 乙川 優三郎
ISBN:4167141647 / 発売日:2005-01
出版社.: 文藝春秋

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