地方都市で生きる閉塞感。どこへも行けない私たち | [書評]アズミ・ハルコは行方不明

アズミ・ハルコは行方不明
著者: 山内 マリコ
ISBN:4344424050 / 発売日:2015-10-22
出版社.: 幻冬舎

地方都市で生きる閉塞感

著者の山内マリコはデビュー作『ここは退屈迎えに来て』でも、地方都市を生きる者のリアルを描いて話題になっていた。

描かれる地方都市は大型ショッピングモールやファストフード店など、チェーン店は充実しており、大して不便もしないが、すべての生活が町の中で完結してしまうような町だ。本作でも、同様に地方都市の若者が描かれている。

日本という国の中でも、かつてならそれぞれの村の気候が異なり、そのため名産の作物なども異なり、人柄も違っている…というのが普通だったはずだ。しかし、チェーン店が全国どこでも同じような形態で席巻する現在では、距離的には遠いはずの町と町で、同じようなショッピングモール、同じ看板のチェーン店が同じ看板で出没する。そして、そんな町になんとなく不安を抱いている者が「町おこし」などを始めたりする。

「Facebook」や「LINE」のようなSNSの登場により、人間関係すら「地元ですべてが完結する」ようになっている。

どこへも行けない

ストーリーは二つの視点から描かれる。
グラフィティアートを使って遊び半分で行方不明の「アズミハルコ」を探すパート。行方不明になる前の「アズミハルコ」の二十六歳とい日々を描き、なぜアズミハルコは行方不明になったのかが明らかになるパートだ。(どちらも「地元のゆう)

最初のパートでは、成人式を終え、キャバクラをやめた愛菜と、大学を中退して地元に帰ってきたユキオ、専門学校を卒業してフリーターとなった学の三人が描かれる。時間はあるが、やりたいこともなく、将来も見えないような現状を前に、彼らはグラフィティアートという「遊び」に熱中する。

行方不明前のアズミハルコのパートでは、二十六歳になり、周りは結婚したり子どもができたりする中で、結婚の予定もなく、久しぶりに復職した会社にも嫌気がさし、悶々と過ごしているアズミハルコの生活が描かれる。

暗澹な仕事に飽きて狭苦しい人間関係にも倦み、毎日が永遠に続く生理二日目みたいな暗澹とした気分で流れていた

昔ならば、女性は結婚して子供を産んで、男性は家庭のために働いて、という像が明確に「幸せ」の形としてあったはずだが、今ではそれが明確な幸せの形とは言い切れないことを、私たちはわかっている。でも、親世代はそれを幸福のように語るし、友人の中にも、その幸せの中におさまるものも出てくる。そんな中で、結婚にも仕事にも魅力を見出せない若者は、狭苦しい町の狭苦しい人間関係の中でどこへも行けなくなっている。

ただ、この作品では「救い」も用意されている。どこへも行けない現状をリアルすぎるくらいリアルに描いた後、ちゃんと光が見えるようになっている。

アズミ・ハルコは行方不明
著者: 山内 マリコ
ISBN:4344424050 / 発売日:2015-10-22
出版社.: 幻冬舎

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