五股をかける男と怪獣のような女 | [書評]バイバイ、ブラックバード
アブドーラ・ザ・ブッチャーのような
「印象的」という言葉では足りないほどにキャラクターが印象的な物語です。
まず主人公の星野くんは五股をかけてます。そして、とある事情により〈あのバス〉でどこかへ連れて行かれてしまうため、五人に別れを告げなくてはならなくなります。
その設定だけでも、「え、どういうこと?」と、先が気になりますが、そんな星野くんの監視役である繭美が、とてつもないキャラクターです。何せ、身長190センチ、体重200キロ(自称)の金髪女性です。
しかも繭美は強い。フィジカルでもメンタルでも。
星野くんが母を喪った日の心情を切々と語っている途中で、「その話、まだ続くのかよ」と言ってのけるんです。
とはいうものの、繭美の身体は、いくら目を逸らしても、それこそ正反対の方向を見たとしても、視界に入ってくるに違いなかった。身長二メートル弱の、気球に手や足がついたかのような大きな体で、いわば、あのプロレスラー、アブドーラ・ザ・ブッチャーそっくりの体形をしているのだが、顔は意外に可愛らしく、美しいブロンドの髪をしている。BALENCIAGAの黒のジャケットのせいか、服装は颯爽としているのだから、バランスが異様だった。
この、星野くんが繭美を形容する数々のバリエーションも見どころの一つです。
いいじゃねえか、ケチ臭い
もう一つの見どころは、繭美の言動の爽快さでしょう。荒っぽい言い回しですが、妙に的を射ていて、作者の伊坂氏は繭美の口を借りて言いたい放題をしてやろうと思っているのではと勘ぐるほどです。
「ジャンボラーメン」繭美はメニューを受け取りもせず、乱暴な声で言った。
黒服の店員がその鋭く短い声に、うっと言葉を詰まらせる。「お三人ともですか?」「『三人』に『お』とかつけるんじゃねえよ。四人の時、どうすんだよ。食うのはこの男だけだよ。わたしがジャンボラーメン食うように見えるかよ」と人差し指でテーブルを突いた。
見えます、と店員は答えたいのを必死で堪えているに違いない。
黒服の店員はめげることなく、「では、ほかのお二方のご注文は」と訊ねてくる。「水でいいよ。水で。な」繭美が言い、廣瀬あかりも勢いに押され、うなずく。ですが、と店員が言いかける。お客様には注文をいただかなくてはならないのです、と訴えたいのだろう。
「こいつがジャンボラーメンに挑戦するのを、わたしたちは見るんだよ。見に来たのに、食ってどうすんだよ。いいじゃねえか、ケチ臭い。そんなんだから、がらがらなんだよ」
もちろん、繭美の言動以外の文章も、伊坂氏らしい言い回しがふんだんに使われます。読みにくさを感じるほど鬱陶しいわけではなく、それでいてどんな隙間にも少し凝った言い回しを配置してくる、まさに軽妙洒脱。
クセになる物語性
まずはキャラクターの面白さ、次に表現・言い回しの面白さ、そしてもちろん、ストーリーの面白さ。星野くんが女性たちと別れざるを得ない理由に思いを馳せれば、多少どんよりとするはずなのに、キャラクターたちはそれをどんどんと前に進ませて、そしてワクワクさせてくれます。
深刻な理由で深刻な結末を迎えるはずなのに、そんな時でも「ちょっとした可笑しさ」があるんです。涙なしには語れない悲壮さではなく、壮大なドラマでもなく、人生を考える哲学でもなく、「こんな時なのにちょっと面白い」ひととき。伊坂氏の作品に共通するそれが、もっとも端的に表れた一作ではないかと思います。
小難しいことは抜きにして、ただ繭美というキャラクターだけでも一見の価値あり!な作品です。