淡々とした青春小説 | [書評]わたしを離さないで
ミステリではなく
隠れ里のような奇妙な施設で生まれ育った子供たちは、やがて「提供者」となり……冒頭でほぼ語られるその提供の手段や目的は設定から想像される通りのものです。
これはミステリでもなくサスペンスでもなく、また、どろどろとした色恋が絡むものでもありません。
特殊な状況下で、それでも彼らの生活は、子供らしい見栄や残酷さ、社会と隔絶されているが故の勘違い、幼く淡い恋心が交錯する、いたって普通の物語です。
ロストコーナー──先生のその言葉が発端でした。
ご存じのとおり、ロストコーナーには二通りの意味があります。一つは「忘れられた土地」の意味で、先生が言おうとしたのはこちらです。そして、もう一つは……実はヘールシャムの四階にも「ロストコーナー」と呼ばれている場所がありました。
遺失物置き場、つまりは落し物や忘れ物が保管される場所です。授業のあとで誰かが──誰だったでしょうか──エミリ先生が言ったのもその意味だ、と言い出しました。
「イギリスのロストコーナー」とは「イギリスの遺失物保管所」という意味で、国中の落し物は最終的にノーフォークに集められるのだ、というのです。これが受けました。そして、わたしたちの学年の定番ジョークになりました。
浮かび上がる情景の美しさ
語り手のキャシー、仲の良かったトミー、ちょっとわがままなルース、ドラマ化された折にはこの三人の三角関係に焦点が当てられていたようですが、原作ではむしろ三角関係が微妙に成立していない印象を受けました。
それよりも、描き出されるひとときが美しい作品です。
人里離れた施設、作品交換会で手に入れる交換切符、大食堂で行列を作りながらの内緒話、誰も居ない教室でカセットテープの曲を流しながら踊るダンス。「提供者」と「介護人」になってからの、回復センターの無機質な白いタイル、立ち枯れた木々が並ぶ沼地で腹を見せる、座礁した漁船。
キャシーの記憶を通しているせいか、どこか紗がかかったような柔らかな美しさです。
激しい悲しみや怒り、嫉妬ではなく、社会に対して不当性を強く訴えるのでもなく、どちらかというと、「清々しさのない青春群像劇」とでも呼びたくなるような、淡々とした筆致です。
「どろどろした人間関係は嫌なんだけど……」という人にお勧め。