あなたの心の疲れとコリをほぐす本!癒しの一冊 | [書評]ぶたぶたの甘いもの

ぶたぶたの甘いもの
著者: 矢崎 存美
ISBN:4334772099 / 発売日:2015-12-08
出版社.: 光文社

まるで水戸黄門!?衝撃から優越感へ移行する展開とは?

ある日、あなたが街を歩いていると、目の前をバレーボール位のぶたのぬいぐるみが、ちょこちょこと歩きながら通り過ぎる。

あなたは天と地がひっくり返るくらいの衝撃を受けるはずだ。それなのに、混乱しているあなたをしり目に、あなた以外の誰一人、そのことに驚いている様子はない。それどころか、ぶたのぬいぐるみに向かって話しかけて、一緒に笑いあっている人もいる。

他の人には普通の人間に見えて、自分にだけ「ぶたのぬいぐるみに見えているのだろうか?」あなたの目はそのぬいぐるみにくぎ付けである。そんな「あなた」が、この物語の主人公である。その一節を紹介しよう。

ぬいぐるみがちょこちょこと歩いてきた。うやうやしく茶碗を抱えている。

気づいた園児たちが、次々に笑いだした。

きゃーきゃー大喜びだ。
保護者席を見ると、あっけにとられてみている人と楽しそうにみている人と半々くらいだった。

楽しそうな人は、知っているってこと!?

いくつもの作品が発表されているこのシリーズであるが、はじめにぶたのぬいぐるみをみて驚いた「あなた」が、いつしか「驚かない一緒に笑っている人」になっていくのがお決まりのストーリー展開だ。

毎回、ぶたのぬいぐるみ「ぶたぶたさん」に驚かされる主人公の反応を楽しみながら読み進めていくこの感覚はなんなのだろう。水戸黄門の印籠が「そろそろでるぞ」と思うような優越感にも似た感覚であろうか。しかし、ただのファンタジーと思うなかれ、その内容は案外深い。

甘いだけではない、適度なスパイスも魅力

「ほんわか」「ほのぼの」「可愛らしい」というイメージ通りのこのシリーズだが、それだけではない。

いつも、ちょっとしたスパイスを効かせてある。そのスパイスが全体の甘さにより一層際立って、妙に心に染み入る。今回のスパイスは4作目の「昨日と今日の間」であろうか。

何か特別なことをするわけでもない(存在だけで十分特別なのだが)ぶたのぬいぐるみ「ぶたぶたさん」が、そこに存在することにより、主人公の男性の心情を内側からじわじわと変化させていく様子を丁寧につむいだ物語である。ぶたぶたさんに出会ったことで、衝撃を受けた人は、一瞬すべての「束縛」や「プライド」「見栄」といった心の鎧の存在を忘れてしまうのだろう。

自分の抱えている問題の本質に真正面から向き合い、正直になれる。カウンセラーが相手の心を一つずつ丁寧に解きほぐしていくのだとしたら、ぶたぶたさんはまず相手の心に一撃を与え相手自身からその心を開かせるのだ。しかもそこには邪念がない。凝り固まった主人公の心が、穏やかにときほぐされていく過程がまた、心地よいのである。

気負いなく読んでほしい、癒しの一冊。

あり得ない奇跡と、よくある現実が、見事にからみあって、ノスタルジックな独特の世界観を作り上げており、それがさらに読み手の心を癒してくれる。

今回はぶたぶたさんが店主を務める「和菓子屋処しみず」が物語の舞台だ。ストーリーもさることながら、物語に登場する「おいしいもの」にも注目である。第一話だけでも「焼きそば」「お雑煮」「みたらし団子」「ゴマ団子」「おでん」などが登場し、その味の描写も実に細やかだ。読んでいるうちに、一緒に食べた気分になり、つい笑顔がこぼれてしまうのがこの本である。

自己啓発本やむつかしい小説を読むのもいいことだが、時にはこんな本も手に取ってみるといいのではないだろうか。案外、難しい本よりも大切なことが書かれていると気づいたり、大事なことを思い出したりできるかもしれない。なによりすんなりと心に染み入る。

ぶたぶたの甘いもの
著者: 矢崎 存美
ISBN:4334772099 / 発売日:2015-12-08
出版社.: 光文社

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