アサヒビールを蘇らせた、一人の陸軍士官学校生 | [書評]陸軍士官学校の人間学 戦争で磨かれたリーダーシップ・人材教育・マーケティング


天下のアサヒスーパードライ、その驚くべき誕生秘話がここにあり

今や日本国内で高いシェアを占めるアサヒビール。そして言わずと知れたアサヒの看板商品、アサヒスーパードライ。私自身は下戸ですが、家族が毎日のように愛飲しているのもこのアサヒスーパードライです。

しかし、このロングセラー商品が生まれるまでには、大変な苦労があったようです。本書はアサヒビール名誉会長であり、陸軍士官学校60期生である中條高徳氏がつづったアサヒの起死回生ストーリーです。

アサヒの生まれ変わりに必要なのは、意外にも「兵法」だった

本書においては、大きなテーマが二つあります。一つが、「兵法は人間を磨くものであり、リーダーを育てるのに相応しいものである」というもの。もう一つが、「兵法の戦略・戦術は、ビジネスの現場で強力な戦力になる」といったことです。

1980年代、キリンやサッポロといったライバルの後塵を拝し、その経営の傾きぶりから「ユウヒビール」とも揶揄されていたアサヒ。しかし、陸軍士官学校を卒業してアサヒの営業本部長に上り詰めた中條氏は、社長からアサヒ生まれ変わり作戦の「指揮官」に抜擢されます。

私が中條氏の人間力の高さを感じたのは、士官学校時代の厳しい訓練を見事に生かした作戦でした。

まずは「統帥綱領」。リーダーは方向性をしっかりと示し、兵站(必要な人材や資金、情報を確保すること)につとめるべしという概要です。そして二つ目が「作戦要務令」。リーダーは部下と苦楽を共にし、苦しい事や面倒なことでも率先してやること。そして戦いでは全軍が一つとなり、敵に勝る部分で一点集中し、戦場を突破していくことが肝要です。

この二つを活かして、中條氏は部下を海外へ向かわせ、新しいビール作りのための材料を好きなだけ買ってくるように命じました。また他のライバル会社にはない商品作りで、当時は保存が難しかった生ビールを一年中提供できるように、とにかく生ビールに特化した作戦を遂行したのです。

そして、苦労に苦労を重ねて生まれたのが「アサヒスーパードライ」。今までのラガービールにはないコクとキレ、辛口具合が消費者の心をグッと掴み、空前の大ヒット商品となったのです。

戦争を生き抜いた人に変わり、今度は平和な現代人が指揮を執る時代に

かくしてアサヒビールは、今や押しも押されぬトップクラスのビールになりました。そしてこれからは、焼け跡から立ち上がったタフな人たちに変わり、戦争をしらない若者がトップに立つ時代です。

過酷で貧しかった戦時中と、豊かで自由な現代。正反対の環境で育ってきた人間が指揮を執る企業はどのように変わっていくのか、興味が尽きることはありません。お酒は苦手な私ですが、今日はなんだか、美味しい生ビールを飲みたい気分です。


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