ロシア、アマゾン、スペイン、砂漠…世界旅行した気分になれる短編ミステリー | [書評]叫びと祈り

叫びと祈り
著者: 梓崎 優
ISBN:4488432115 / 発売日:2013-11-28
出版社.: 東京創元社

要素と美しさを抽出した一編

デビュー作を含む5本の連作短編集です。ミステリ小説に限らず、物語の根本は起承転結ですが、この5本の短編たちはそれぞれ、ストレートにそれをなぞってます。

背景の説明と、事件の始まりである「起」、謎が深まる「承」、ヒントが見える「転」、事件が解決する「結」。異国の美しい背景が詩的に綴られ、謎や人間関係はむしろシンプルです。

そして夜が訪れた。

月のない夜だった。夜の闇は日本のそれと比べてはるかに濃密で、低く地面に迫ってきていた。雲なき夜空に光る星の数は圧倒的で、まるで砂漠の砂の粒のようだった。底冷えする砂の海の寒さに布の下で身を縮め、斉木は重くなったまぶたを閉じた。

亡骸となったキャラバンの長──

砂漠の夜の闇は、命すら軽々と呑み込んでいくようだ。眠りに落ちる間際、斉木は底なしの夜に呑まれていく長の、闇という名の砂を踏みしめる音を聞いた気がした。

主人公であり探偵役でもある斉木は、海外情報誌の取材のために世界のあちこちをまわっています。ある時は灼熱の砂漠でラクダを連れたキャラバンと共に歩いていたり、またある時は、秋深まるロシアの教会で修道女と話したり。かと思えば、アマゾンの奥地でジャングルをかき分けていたり。

「ものに手を触れるな。人に近づくな」

そうして、アシュリーも早足で進む。

ふと、斉木は背後の地面を振り返った。雨で湿った集落の入り口には、村の中へ向いたアシュリーのサンダルと斉木の登山靴の跡だけが、綺麗な形で残されている。このまま後戻りのできない魔窟に踏み込んでいくのではないか──不意に怖気が背中を襲う。走り出したアシュリーの残した言葉が、耳の奥で残響となり、慌てて斉木は後を追った。

理知的な文章

筆致は抑えめで理性的です。ただ、散文的ではありません。また、ミステリの連作短編というと、一話完結のTVドラマのような物足りなさを感じがちですが、これは世界観を楽しめます。

基本的には密室のような限定条件下で殺人事件が起こります。物理的に不可能な密室ではなく、条件的に限られた場所で、複数人が介在し「この中に犯人がいる!」というもの。その「密室」の作り方が秀逸です。

広大な砂漠、誰も潜むはずのない“あからさま”な場所、見渡す限り、砂と空しかない場所では「外部の犯人説」は成り立ちません。「こんな理由と条件があるから、ここには誰もいないはずだ」という無粋な説明はありません。ただ、他に人はいないんだということをシンプルにわからせてくれる。だから散文的な説明は必要ないのです。

短編なので、作中では何もかもの説明はありません。けれど、そこに余白の美を感じます。

叫びと祈り
著者: 梓崎 優
ISBN:4488432115 / 発売日:2013-11-28
出版社.: 東京創元社

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