同性愛を題材にした女性視点のストーリー。気持ちを伝える難しさ。 | [書評]きみはポラリス

きみはポラリス
著者: 三浦 しをん
ISBN:4104541052 / 発売日:2007-05
出版社.: 新潮社

三浦しをん氏の世界観

11編からなる短編集ですが、「腐女子」としても名高い(?)三浦しをん氏の作品なので、同性愛を題材にしたものも含まれています。ただ、それもべたべたとしたものではなく、描かれているそれぞれの世界は、様々な形の「愛」を切り取ったものです。ひとがひとに惹かれる、その気持ちを描いたものです。

作者が女性なので女性視点の話が主ですが、その代わり、女性の心理はこれでもかというほど描写されています。それも、ごく自然体なので、「ああ、こういう人、いるよね」としっくり受け容れられる人たちばかりです。

たとえば私の初恋の相手は、保育園で同じさくら組だった健斗くんだが、まだ「恋」という言葉も、その意味もよくわからなかったのに、それでもすごくはっきりと、「健斗くんのことが好きで好きでしょうがない」と感じる自分の心に気づいていた。

彼のことを特別だと思ったし、彼と一緒に遊ぶとドキドキしたし、彼も私のことをそんな風に思っていてくれればいいのにと願った。

言葉で明確に定義できるものでも、形としてこれがそうだと示せるものでもないのに、ひとは生まれながらにして恋を恋だと知っている。

とても不思議だ。

きっと同じ星を見ている

先の引用も含め、きっと誰もが似たような想いを抱いたことがあるかと思います。伝わらない想い、もどかしい気持ち、けれどそれは「人それぞれ」だから、誰のどんなアドバイスも、参考になりこそすれ正解にはならないんですね。

三浦氏はそれを、「わかるよ」と、文章でそっと寄り添ってくれます。強く背中を押すわけでもなく、これが正解だと明示するわけでもなく。

どうして文蔵と同じ星を見ていると信じられたのだろう。それらはあまりにも遠くにあって、触れてたしかめることもできないものなのに。

私は大人になるまでも、大人になってからも、星座を探すような歯がゆさを何度も味わった。「あの星とこの星を結んで」と説明しても、並んで夜空を見上げるひとに、正確に伝わっているのかどうかはわからない。確認する術もない。多くのひとが経験したことがあるだろう、歯がゆさだ。

そんなとき私は、文蔵と見た夜空を思い起こす。全天の星が掌に収まったかのように、すべてが伝わりあった瞬間を。あのときの感覚が残ってるかぎり、信じようと思える。伝わることはたしかにある、と。

こんな風に、丁寧に紡がれた文章は、作者が表現したいだろう情景と同じ情景を読者の内に再現してくれます。同じ星を見ている、伝わることはたしかにある、恋愛関係ではなくとも、こうやって、作者の心を受け取ったという実感は読んでいて心地よく感じます。

こころを伝えることの難しさ

ひとがひとに、心を伝えるのは難しく、また、ひとの心を探るのはもっと難しいです。手探りすることすらできずに、たとえばわずかな記憶を足がかりにして、まじわった視線の温度を勇気の源にして、ひとは行動を起こすし、言葉を紡ぎ出します。

ただできればそこに、しるべの光があればいい。天の中でただひとつ動かずに輝いてくれるポラリスのように、揺るがない目印があって欲しい。これは、ひとがひとを想う小説が詰まった短編集です。

きみはポラリス
著者: 三浦 しをん
ISBN:4104541052 / 発売日:2007-05
出版社.: 新潮社

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