人間の愚かさが「憎むべきもの」から「愛おしいもの」に変わる本 | [書評] ハツカネズミと人間

ハツカネズミと人間
著者: ジョン スタインベック
ISBN:410210108X / 発売日:1994-08-10
出版社.: 新潮社

人生における不条理との向き合い方

人生において不条理は受け入れがたいものです。

手に入らなければ腹が立つし、失敗はしたくない。描いた理想は実現しなければ意味がない。そんな風に考えていた私にとって、この本との出会いは視野を大きく広げるものでした。映画や本といったエンターテイメントは、ハッピーエンドや痛快なオチがなければ見る価値がないと思っていました。この本を読むまでは。

私たちは、夢や希望を持ち、それが叶わなかったとき、受け入れることができるでしょうか。自分や誰かを恨まずにいられるでしょうか。ジョージの葛藤は詳細に描写されることなく、自らの手で始末をつける場面のみが淡々と記されています。

「わかってたはずなんだ。心の奥底では、たぶんわかってたんだ」その言葉から滲み出る、狂おしいほどのやるせなさと、揺るぎない友情。世の中には、勧善懲悪で計り知れることばかりではなく、欠けているもの、どうしようもないもの、愚かなものにさえ、愛おしさがあるんです。

悩みを受けいれる姿勢

この本の登場人物は皆、愚かです。ただ、その愚かさは、憎しみの対極にあります。この本を読了した後、今まで怒りや憎しみの対象にしていたものがすべて、愛おしくなりました。固定観念が打ち砕かれたような、心の枠が外れたような、不思議な感覚です。今までは生活に支障が出そうなほど悩み苦しんでいたようなことを、受け入れる姿勢が整った、という感じです。嫌なことがあったときに読むと、また人生を生き抜こうという気になります。

ハツカネズミと人間の このうえもなき企ても やがてのちには狂いゆき
あとに残るはただ単に 悲しみそして苦しみで 約束のよろこび 消えはてぬ

書籍紹介

「話してくれよ。たのむよ、前に話してくれたみてえに」頭は足りないが身体の大きなレニーと、頭の切れるジョージ。農場で働いては小金を稼ぎ、使い果たしてはまた次の農場へ行く「渡り者」の二人は、対照的でありながら、小さな夢を共に抱く。

レニーが幾度となくジョージにせがむのは、ささやかな夢の話。俺たちは、小さな農場を買い、土地のくれるものを食べ、ウサギを飼って暮らすんだ。

「おれたちみてえに、農場で働くやつらは、この世の中でいちばんさびしい男たちさ。家族もねえ。住む土地もねえ。農場へ来て働いちゃ、小金を稼いで町へ行き、きれいさっぱり使ってしまう。それが終わると、また別の農場へ行って汗を流しながら働く渡り者だ。先には何の望みもねえ。」

 舞台は大恐慌時代のアメリカ。頭の回転が遅いレニーと、その面倒を見ているジョージが、新しい働き先である農場に辿り着くところから話は始まります。

ジョージがいなければレニーは何ひとつまともにこなすことができませんが、ジョージもまた、子供のように純粋な心を持つレニーと共に過ごすことで、生きるための張り合いを見出しています。登場人物はみな、閉鎖的な暮らしの中で、小さなプライドや夢にすがって、生きています。

いつの日か、小さな土地を買い、小さな家を建て、畑を作り、土地のくれるものを食べ、ウサギや豚や牛の世話をして、雨が降れば仕事を休んで……農場で働く誰もが頭に思い描き、そのどれもが夢のままで終わりゆく、ささやかな希望。それを地道に実現させようとするジョージとレニーに、賛同する者たちが現れます。

もう少しで手が届きそうな夢は、レニーの起こした事件によって急展開を迎え、ジョージは自らの手で、物語に終止符を打ちます。

ハツカネズミと人間
著者: ジョン スタインベック
ISBN:410210108X / 発売日:1994-08-10
出版社.: 新潮社

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