ほんのりと心温まる短編集 | [書評]家日和
テンポの良い文章
奥田英朗氏の小説といえば、その魅力は文章のテンポの良さかと思います。難しい言い回しもなく、シンプルにその情景を伝えてくれる歯切れの良さを感じる文章です。
この小説では、じっとりとした情念や取り返しのつかない事件・犯罪ではなく、日常の中にありがちなアクシデントをそっと乗り越える、そんな家族の様が描かれています。
「パパの会社トウサンしたの」
《ビッグなサプライズ。本日当社倒産!》
妻の厚子からはすぐに電話がかかってきた。
「これ、ほんと?」
「そう。朝礼でいきなり言われちゃった。今日から失業者」努めて明るく言った。
「ふうん。わかった。今夜、何食べる?」
「すき焼きってわけにはいかないだろうね」
「いいんじゃない。安い肉なら」
なかなかに笑えないシチュエーションですが、これもまた、ひとつのアクシデントとして軽やかに描かれます。
八時半になり、息子の手を引いて幼稚園に向かった。同じ町内にあるので五分とかからない。途中、パン屋のおばさんから声をかけられた。
「あら、ショウちゃん。今日はパパと一緒でいいわねえ」
「あのね、パパの会社トウサンしたの」
ほのぼのと……ほのぼの?
ほっと一息つきたい時に
少子化、晩婚化が叫ばれて久しい今の世ですが、家族や夫婦がこんな風に手を取り合っていけるのなら、結婚してみるのもいいかもしれない……そんな風に思わせてくれる一冊です。
題材にされるのは、ネットオークションにはまる主婦、会社が倒産して主夫になる男性、妻が家を出て行ったことでインテリアに凝り始める男性、ロハス妻に玄米を食べさせられる小説家……等々。
当事者になればきっと、ちょっとほろ苦い、けれど外から見ているだけなら、そこにおかしみを感じる、絶妙な間合いです。
ちょっと息抜きに、深刻にならない小説を読みたい、そんな時にはこちらをどうぞ。
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