お題を元に、記憶だけで書いた絵がここまで面白くできるとは | [書評]ナンシー関の記憶スケッチアカデミー
ナンシー関をご存知でしょうか
「伝説の消しゴム版画家」「不世出のテレビウォッチャー」と呼ばれるナンシー関の本です。本と言っても、絵が多い。しかも素人のです。
これは「うろおぼえ」のお題を描いてみましょう、との呼びかけに投稿されたものから、選りすぐりを集めた本なのです。絵心クイズ、などとも呼ばれる遊びです。その絵にナンシーがコメントを付け、最後に総括しています。
たとえば、カエル。鉄腕アトム。スフィンクス。どうでしょうか、あなたは描けるでしょうか。おそらく描いてみたらとんでもないものができあがるのではないでしょうか。
ただの絵がここまで面白くなる
ふつう、素人の絵というのは見ても面白くありません。下手、もしくは何これ、と鼻で笑われて終わるものです。本に載せる価値があるとも思いにくい。
しかしこの本の面白さは尋常ではありません。10年以上前の本ですが、おそらく数度の引っ越しをしても手放せないという人がかなりいると思います。絵の珍妙さに加え、たった数行のコメントの、的確さ、くだらなさ、愛情深さ。これこそがナンシー関の天才たるゆえんです。
目のつけどころ、言葉の選び方、また対象との適切な距離感は他のどのコラムニストとも違います。自分に酔っていないからではないかと思います。対象を素直に見る。難しい言葉で批評していません。高校生にもじゅうぶんわかる平易な言葉で書いてあります。
むず痒いようなおかしさや違和感、ひっかかりをその易しい言葉で解き明かしてくれます。
唯一の欠点
しかしながら面白すぎて、電車等公共の場所では読めません。ナンシー関の本はどれもそうです。ましておかしな絵がどのページにも載っています。
これは家で一人でお腹を抱えながら読む本です。
ナンシー関はテレビ批評(番組やCMや芸能人批評)が主ですが、こちらも同レベルの面白さです。水準がどれも高く、駄作がありません。また、時代がかわっても、ぶれていません。再読に耐える本です。いわゆる下ネタ言葉も出てきますが、下品でないというのは稀有でしょう。
非常に頭がよく、練りに練ってから書いていたのでしょう。数ページのコラムが、ずっと忘れられないものとして頭に残ります。いまも生きていて、もっと楽しませてほしかったと心から思う作家です。