息つく間もないスピード感 | [書評]魔法使いの弟子たち
スタートはパンデミック
まずスタートは、新型の劇症型ウイルスのパンデミックです。あっという間に広がり、あっという間に死者が続出し、何百人も感染したあげく、生き残って意識が戻ったのは、主人公を含めた3人のみという、パニック映画を彷彿とさせる出だしです。
その後、生き残った3人には「後遺症」があることがわかります。障害や体調不良ではなく、超常的な能力という形で「後遺症」が発現します。
「どうも、我々には、全員に奇妙なことが起こっているようなんですよ」
「…………」
興津は、じっと京介を見つめている。
「竜脳炎の後遺症なんでしょうが、普通では有り得ないようなことが、興津さんだけじゃなくて、めぐみちゃんにも、俺にも起こってるんです」
興津は、京介からめぐみに目を移した。
めぐみがニッコリと笑いかけた。その笑顔のまま、めぐみは、テーブルに載っていた布巾を、三人のいる反対側の端へ移動させた。そして、それを興津の手許まで滑らせてみせた。
「こりゃあ……」
興津は眼を見開きながら、目の前に滑ってきた布巾を取り上げた。めぐみを見返す。
「あんたが、動かした?」
はい、とめぐみが頷く。
パンデミックからのサイキックもの。ひとつひとつの要素に、目新しいものはありませんが、ひとつの作品に詰め込まれると、その「もりだくさん」感に心奪われます。
展開はサイキック
超能力ものにありがちなのは、力の反作用に苦しむとか、大きすぎる力に苦しむ、または世間にその能力がバレて追い詰められるといったものでしょうか。
この主人公たちは、能力への苦しみはあまりありません。しかも、世間には自らバラして、その能力でTV出演まで企て、実行してしまいます。ただ、世間に露出したせいで殺人(?)事件に巻き込まれ、逃亡する羽目にも。その逃亡手段も、超能力者ならではのスケールです。
「まさか、自動車で遊覧飛行ができるとはね。長生きはするものだな」
興津の言葉に、めぐみが笑い、京介も笑った。
「自動車で空を飛んだのは、俺たちが初めてだと思いますよ。普通は、いくら長生きしたってこんな経験はできない。めぐみちゃんのお蔭なんだから」
前方に山脈が見えていた。あまりに高い山は避けようということになった。低い山でも、樹木に覆われていれば、隠れるところぐらいいくらでもありそうだった。すでに下界は人里を離れている。
「あそこは、どうかな?」
鬱蒼とした樹木の間に、ほんの少しだけ白い山肌が露出していた。
「そうだね……ちょっと斜面がきついかなあ。デコボコも多いし」
露出した山肌を眺め、よし、とひとつ頷いた。
「え?」
京介は、驚いて前方の山肌を凝視した。
斜面の一部が、みるみるうちに削り取られ、棚田のような平坦な地面が造成されたのだ。それはまるで、山の中腹に真っ平らな舞台が出現したようだった。
アクション要素もプラス
警察に追われ、機動隊に囲まれるなかを逃げだし、山中での逃亡生活。その後、謎の能力を持ったニホンザルのボスと、地形を変えるほどの超能力戦を繰り広げます。映画のようなスケール感で、映画3本分くらいの要素がつめこまれているのですが、軽妙な語り口と、スピード感ある展開で、食傷せずに読み進められます。
上下巻と、ボリュームはそこそこありますが、あまり重苦しくなく、一気に読める娯楽小説です。肩肘張らずに読めそうなのがいいですね。たとえて言うなら、ミックスフライ定食のような。