リアリティを前提としない物語 | [書評]失われた町

失われた町
著者: 三崎 亜記
ISBN:4087464989 / 発売日:2009-11-20
出版社.: 集英社

町が失われるという事実を呑み込む

三崎氏の作品に多く見られる傾向ですが、前提となる不思議な現象に対し、原因やその説明などはあまり提供されません。そういう現象がある、と、まずそれを呑み込むことから始まります。

世界観を理解することから始まるというのは、SFやファンタジーによくあることですが、“それ”以外は明らかに現実世界の物語であるのに、その一点があることで、まずそれがどういう世界であるのかを呑み込もうと、読者の好奇心をくすぐってくれます。

眼下に町の光が広がっていた。

すでに住民の撤退が完了した町には、人の営みを示す暖かな明かりは灯らず、街灯の白々とした光が規則正しい配列で光っていた。無人の町にすら秩序を強いるかのように、信号が一定時間ごとに色の変化を繰り返す。音も無く輝くその光からは、「町」の意識を感じ取ることはできなかった。

町の消滅には、一切の衝撃も振動も、音も光も伴われない。ただ人だけが消滅するのだ。

三十年前の月ヶ瀬町の消滅とは違い、今回は、人は消滅しない。それ故、消滅の時点を判断することは難しかった。人の想いが消えない以上、町に「残光」が光ることも無いからだ。

冒頭付近のこの描写ひとつとっても、読者は好奇心の塊にならざるを得ません。町が消えるってなんだ、しかも人だけが消えるってなんだ、三十年前の消滅とは、今回はなぜ人は消えないのか、「残光」とは?

作者が設定した、この謎を知りたくて、読者はページをめくります。

無機質な消滅

どうやら町の消滅というのは至極淡々と行われることなのだと読者は推測していきます。人為的なものでもなく、悲劇的な大災害でもなく、単なる自然現象として……とはいえ、人が失われるのであれば、それは悲劇的な大災害に相当するのだと思いますが、それでも「失われたことを悲しんではいけない」らしいのです。

数万人の人々が瞬時に失われたのだ。それは新聞の一面トップに値する事件だろう。だが、記事は管理局広報だけで、新聞独自の記事としては一行も載っていなかった。テレビ報道も同じで、ニュースとして扱われることはなく、CMの合間に管理局から静止画像のお知らせが流されるばかりだ。言うまでもなく、管理局による規制のためだ。

消滅に不必要に興味を持つことで、消滅の余滅を引き起こすことを避けるためであったが、同時に「失われた町」に関わることが、一種の「穢れ」として人々に認識されているからでもあった。

町が失われることによって、人は消滅するけれど、この小説の中では「命が失われた」という表現をしません。ただ、人が消滅するのです。死んだとは描かれないのです。

「わかっているんです。考えちゃいけないってことは。だけど私はどうしても、彼が失われなければいけなかった理由を考えてしまうんです」

堰を切ったように、由佳は話し出した。町が失われてからずっと、誰にも言わずに考えていたのだろう。

「町の消滅には不可解な部分が多すぎると思うんです。どうして消滅は、町という単位で起こるのか。消滅を悲しむと余滅が起こると言われているけれどそれは真実なのか。人々は自分が失われることを知っていて逃れられないというのは本当なのか。過去の消滅について調べてみようとしたけれど、無理でした。すべての書物は管理局に回収されていますし、電域の情報も規制されていますから」

我々読者にとって不可解な部分が、登場人物たちにとっても不可解なのだと知り、少し安心します。

悲しんではいけない、そう言われたからといって、悲しまずにいられるほど、人間は強くありません。それもまた、登場人物たちと我々は同じなのです。

フィクションにフィクションを重ねた、多重構造のような世界をひとつひとつ読み解いていきながら、自分の肌に馴染ませていくような、そんな感覚が快い小説です。

失われた町
著者: 三崎 亜記
ISBN:4087464989 / 発売日:2009-11-20
出版社.: 集英社

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