鍵のかかった小説 | [書評]解錠師

解錠師
著者: スティーヴ・ハミルトン
ISBN:4151718540 / 発売日:2012-12-09
出版社.: 早川書房

いくつもの鍵

幾重にも鍵がかかっているような小説である。

最初はどう捉えていいのか解らない。それにもかかわらず、本を投げ出してしまえない。魅力的だ。1つ解いたかと思ったら、また次の鍵である。

いつ最後まで行けるのかとこちらは焦れる。いかにももどかしい。焦って開けようとして飛ばし読みしたくなる誘惑にかられる。堅固な錠前の前で焦れる金庫破りたちの気持が、解るような気がしてくる。しかし、それはいけない。

主人公マイクルは解錠師だが、その師匠・ゴーストは、自宅に8つの金庫をもち、それぞれに女性の名前をつけ、彼女たちを愛でている男だ。彼は金庫を女だと思うよう指示する。そしてこう言う。

『こいつをあけたいとき、どうする? 棒で頭を殴って自分の部屋に引きずりこむか? それでうまくいくと思うか』『いくわけがない。あけたけりゃ、まず”彼女”を理解することだ。』

というわけで、読んでいるうちに読者は主人公の焦りやもどかしさ、求めるものへの近付きがたさを追体験し、共感せざるを得なくなる。この小説を読む事自体が、鍵を開けようとする行為なのである。

最悪の行為が最良の選択であるとき

『皮肉な話ではあるけれど、ぼくがした最悪のこと、少なくとも表向きは最悪とされることは、後悔していないただひとつのことでもある。ぼくは少しも悔やんでいない。』

主人公は話の初めにこう語る。これは読者の前に置かれた鍵のうち、最初のひとつだ。

まだたった17歳の少年で、新聞や雑誌から『奇跡の少年』と呼ばれ、物ごころつく頃にはすでに有名人だったとする。街のどこへ行っても皆が自分を知っているとしたら、どんな気分だろうか。主人公のマイクルはこう言っている。

『人生をやりなおしたければ、五十マイルより遠くへ行かなくてはならない。かつての人生から逃れるには、かつての自分だとみんなに気づかれずにすむには、五十マイルでは物足りない。自分の名前が知れ渡っていて、その原因となったことを永遠に忘れてしまいたい場合は、それではとうてい足りない。』

彼は話す事ができない。過去に受けた精神的なショックから、ひと言も話せなくなった。彼は悲しげですっかり途方に暮れた、ぼさぼさの髪と大きな茶色い目を持つ静かな少年だ。

彼には才能が2つある。1つめは絵を描く才能、2つめは手の感覚と研ぎすまされた聴覚だけを頼りにどんな鍵でも開けてしまえる天性の才能だ。だが、その才能は当然のことながら彼を暗い所に引きずってゆく。

控えめに言っても…、傑作です

私は救われない話があまり好きではない。冒頭をざっと読んでここまで内容を把握した時、正直もう読むのをやめようかと思ったのを告白しておく。だが、やめられなかったのは、主人公の諦めきったような生活の中に、どうしても諦めきれないものが飛びこんでくるからである。すなわち、女性だ。

これは一言も話せない解錠の天才少年がガールフレンドを救うために身を落とし、そこから這い上がろうとする話である。ただし、ガールフレンドは少年が自分を救うために悪事に手を染めたとはつゆ知らない。

主人公はガールフレンドを救えるのか、そして、救えたとして、自分も這いあがれるのか。さらに、ガールフレンドと結ばれることはできるのか。この闘いは圧巻だ。

このおもしろさは、筋書きを読むだけじゃわからない。強くお勧めしたい一冊だ。

解錠師
著者: スティーヴ・ハミルトン
ISBN:4151718540 / 発売日:2012-12-09
出版社.: 早川書房

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