読んでおかなければ、と思いながら読んでいなかった名作。 | [書評]伊豆の踊子

伊豆の踊子
著者: 川端 康成
ISBN:4101001022 / 発売日:2003-05-05
出版社.: 新潮社

ノーベル文学賞受賞は伊達ではない

昭和の文豪、川端康成の伊豆の踊子を初めて読んだ。

まずびっくりしたのは文章の綺麗さだ。と、こんな読書素人の僕がこういう事をいうのは本当におこがましいのだけれど、本当に綺麗なので仕方がない。表現方法、比喩、情景、そのすべてが際立っていて、何十年前の作品だとは思えないくらいだ。

川端康成の文章で一番有名なのは、ノーベル文学賞受賞作である「雪国」の冒頭、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」から始まる一文だと思うのだけれど、伊豆の踊子の始まり方は僕にとってその文章以上に迫力を感じた。

伊豆の踊子と温泉宿の始まり方の比較

伊豆の踊子の冒頭はこうだ。

道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追ってきた。

この文章を読んだだけで、自分が山中の道を登っていて今すぐそこに雨雲が近づいてくる情景が浮かんでくる。すでに最初の文章から引き込まれてしまうのだ。なんで僕はこの小説を今まで読んでいなかったんだろう、と後悔すら覚えるほどに、人を引き込む文章だ。

麓からくる早い雨脚の様相が、つづら折りから連想するゆっくりとした足取りに見事に対比される。ここまで綺麗に物語を印象づける文章を目にして、なんだか僕みたいなのが文章を書いていていいのか分からなくってくるが、それは横に置いておこう。このような対比が、同収の温泉宿の始まりとの比較でさらに顕著になる。

温泉宿の始まりはこうだ。

彼女等は獣のように、白い裸で這い廻っていた。

伊豆の踊子のある種の爽やかさ、青年の切ない心象風景のあとにくる物語の始まりがこの一文だもの。参ってしまう。おどろおどろしいまでの女性表現。

伊豆の踊子が青春の原風景だとしたら、さしづめこの温泉宿は不倫をしている人間同士の恋愛模様のような毒々しさがある。さらに続く抒情歌は女性の一人語りが延々と続く一話で、その内容は愛に始まり、男性観から精神世界はては宗教観にいたるまで広がっていく。

そこに書かれている内容からにじみ出てくる川端康成の博識。川端康成が雲の上の存在なのだと痛感する一冊であることは間違いない。読んでおくべき一冊と言われる所以が、なんとなく分かった気がする。

伊豆の踊子
著者: 川端 康成
ISBN:4101001022 / 発売日:2003-05-05
出版社.: 新潮社

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