ジャニーズ初の作家が贈る、程良く読みやすい佳作 | [書評]傘をもたない蟻たちは
アイドルが作家デビューした理由
6つの独立した物語からなる短編集。著書はジャニーズのグループであるNEWSのメンバー・加藤シゲアキ。
特に男性は彼の存在自体知らないかもしれません。NEWSといえば山Pが脱退したグループ、何かと話題の手越しか名前が浮かばない人も多そうです。
加藤自身も自分のアイドルとしての存亡に危機感を抱き、5年ほど前に小説の執筆を決意。2012年に「ピンクとグレー」で作家デビューを果たしました。芸能界を舞台にしたこの小説は映画化もされ、その後も年に1冊ペースで作品を上梓し、今作が4作目となります。
タイトルが印象的なこの短編集もドラマ化され、本人もカメオ出演していましたが、彼は表に立つより文章を描く方が向いているとつくづく思わされます。
中等部から青学に入学する地頭の良さを持ち、ドラマなどもソツなくこなすもイマイチ印象に残らない(歌やダンスは特筆点もない)、ルックスも悪くないけれど、どれもとても中途半端。
中途半端なのにエリート意識が強く、アイドルとしては及第点も取れていない状態は、彼にとっても苦しいものだったのでしょう。
雑念を捨てて手に取って欲しい一冊
エッセイやブログでその文章が読ませるものであることは、ジャニーズファンには知られていました。
しかし商業作品となると話は別。デビュー作はとても読みやすく、芸能界の裏側も垣間見えるような予想以上の出来栄えではありました。しかし作品としての完成度は今作の方が断然高くなっています。
「インターセプト」では叙述トリックを用いていますが、文章によってきちんと成立させる筆力には素直に脱帽です。映像化した際も面白い出来になっていました。
「undress」はタイトルと物語の関連付けが見事に決まっています。よく練られている印象。
「にべもなく、よるべもなく」は少年の性の目覚めの時期に起こる、驚愕とやるせなさと虚無を描いた作品。
こんなにも周りに迷惑ばかりかけてしまうのは、僕自身が誰よりも汚れているからに違いない。そしてその汚れを他の人にも移してしまっているのだとしたら、本当に僕は最低の人間だ
情景と少年の心象風景は、ある時期から常に曇りがかったような陰鬱な空気に纏われ、妙な余韻が残ります。
決してアイドルの王道とは言えない立ち位置なだけに、俯瞰で物事を見る視点が備わっているのでしょう。自分の能力を活かせる場所は、どんな状況にあっても見つける努力さえすれば叶うかもしれない。
そう思わせてくれることも、アイドルとは違うけれど立派な夢の与え方だと感じます。