“意味を問い続けること”の意味 | [書評]冷血(上)

冷血(上)
著者: 高村 薫
ISBN:4620107891 / 発売日:2012-11-29
出版社.: 毎日新聞社

高村薫の世界観に漂う嫌悪感と高揚感

冷血は単行本の上下巻600pに及ぶ長編小説で、「マークスの山」から続く合田刑事シリーズの4作目。

シリーズ以外にも「新シア王」「太陽を曳く馬」に合田刑事は登場していたのですが、がっつり主役として登場するのは久しぶり。

シリーズのファンとしてワクワクした気持ちで上巻を読み始めるものの肝心の合田はあまり登場せず、被害者の少女のモノローグや加害者2人組のロードムービーのような犯行記録が延々続いたまま終了してしまいます。被害者は裕福な歯科医一家の中学生の娘、被害者はその一家を強盗目当てで殺害してしまった犯人達です。そう、この物語は犯人を探したり推理する小説ではありません。

そして途中からこのクズな2人組の場当たり感や短絡的思考を理解しようとする自分を発見し、ぞっとするのです。世の中に似たような残虐な事件も多く、何故?の部分を知りたい欲求を持つことが多いですよね。

しかしそこに深い理由なんてない。生きてきた環境や性格、その全てが積み重なって負に落ちて行くさまに押しつぶされそうになります。いつもながら緻密に描かれるディティールが脳裏に風景を想像しやすく、それも物語の世界へ深く誘われてしまう。この嫌悪感だらけの犯人達の世界にさえも!

下巻でこのクズ達がどうなっていくのか、妙な高揚感をもって上巻は終了します。

生きることの意味を問う息苦しさ

下巻の冒頭であっさり犯人は逮捕され、後半は犯人の動機の部分に焦点が当たります。加害者達の言葉は少なく、その理由も取り調べ側が補足しなければ意味が通じないことも多い。

読者は詳細に行動や言動を知っているので違和感を感じることもあり、取り調べが普段こうして行われるとしたら恐ろしいものだ、といった感覚を抱くようになります。ただこれは取り調べだけに限ったことではなく、人は常に紋切り型で他人を分類する作業を行っています。一面だけを切り取って自分に理解しやすいように。

いったい自分たち警察も検察も社会も、この被疑者たちに何を求めているのだろう。欲しいのは、彼らをともかく刑場に吊るすための理由ではないのだろうか。

そう、何をするにも納得する理由が欲しいのです。それだけを知れば満足で、どんどん社会は結果だけを求めプロセスは簡略化することだけが求められる。短縮した時間の先には何があるのでしょうか?

合田さんは年を取っても内面は相変わらず、外には見えない変な熱さと青さで2人組の内面に対峙します。一人とは古書を差し入れたことから手紙のやり取りを行うまでになり、犯人の内面の変化が興味深く、通常ではありえないだろうこの交流に「この経験と気にかけてもらった事実だけでも生きてて良かったのでは?」と私はまたしても勝手な解釈をしてしまうのです。

問答無用で生きよと言われている気がする

いくつかの死と、合田が医療事件で関わる脳性マヒの少女を見てこう呟く姿に、人が生きている意味を息苦しいまでに考えさせられました。勿論生きる意味の答えは出るはずもなく。

しかし意味を考え続けることや問い続けることが、結果が無駄であっても意味はある。
そんな内面への問答のきっかけを与えてくれるのが、高村薫の小説です。

冷血(上)
著者: 高村 薫
ISBN:4620107891 / 発売日:2012-11-29
出版社.: 毎日新聞社

あわせて読みたい