ある日突然猫になるということ | [書評]ジェニィ

ジェニィ
著者: ポール・ギャリコ
ISBN:410216801X / 発売日:1979-07-27
出版社.: 新潮社

猫だって楽じゃない

猫になるということは、外国に行くことに似ている。

もちろんツアー旅行ではなく、たった1人でだ。全く言葉はわからないし、帰りの飛行機のチケットは持っていない。そこにどんな法律があって、どんな振る舞いがそこの住人を怒らせるのかも不明である。しかも、その国の住人たちは自分のテリトリーを守るためなら、遠慮なく爪をむき出すタイプだ。想像してみてほしい。朝起きるなり家から叩き出されて、突然、自分が全くルールの違う外国にいることに気付いたとしたら、どんな風に感じるだろうか。

猫になりたい、と友人たちがあこがれをこめて呟くのを何度も聞いたし、自分もかつて言ったことがある。猫はいつものんびりしているし、あくせくした仕事とも無縁に見えるからだ。だがこの小説を読んだ後では、猫でいるのもそう簡単じゃないな、と思えてくる。これは、ある日突然猫に変身してしまった8歳の少年が、猫たちの世界を冒険する話である。

猫の流儀というものがまったくわからない主人公・ピーターは、変身後も人間の男の子らしくふるまって、もちろん、さんざん痛い目に遭う。ボス猫にぶたれて傷ついたピーターを見つけて介抱してくれたのは、ジェニィというやさしい雌猫だった。

ジェニィから猫社会のルールを学び、身のこなしの訓練を受けて、ピーターはめきめき猫として頭角をあらわし、成長していく。献身的で一途なジェニィや個性的な人間たちの描写も生き生きと描かれ、ハートフルな冒険譚となっている。

涙の流しかた

もともと、ピーターは寂しい少年である。

若く美しい母は外で友人たちと遊ぶことに夢中で、ピーターをかまうひまがない。ピーターは手近に愛情を注げる相手がほしくて、猫を飼いたいと切望していた。猫を拾ってきては猫嫌いのばあやに猫を捨てられ、折檻を受けることを繰り返していたピーターは、人間だった時にはいつもこんなふうにやり過ごしていた。

『ピーターはそうしたことが起った場合、もはや泣き声をたてないでいるようになっていた。人間は声をたてないで心の中で泣くことができるものだということを、ピーターはいつの間にか発見していた。』

彼は8歳にして、大人のように感情を押し殺す術をおぼえてしまっていたのである。

しかし、物語の終わりには、ピーターの泣き方は全く変わっている。どう変わったのかにも注目してみてほしい。

猫好きによる、猫好きのための、猫たちの物語

ジェニィとの生活の中でピーターは強くなり、次第にジェニィに守ってもらうばかりでなく、1人前の猫としてジェニィを守れるほどになっていく。ピンチを乗り越える度に、2人、いや2匹の絆は深まるのだけれど、これは冒険譚だ。家に帰りつくまでが冒険である。

しかし、ピーターが家に帰りつけたとして、猫の姿のままで家族に自分だとわかってもらえるのか。そのとき、ジェニィとは一緒にいられるのだろうか。はらはらしながら読み終えた時には、目が涙でいっぱいになっていた。

著者ポール・ギャリコは、イングランドの漁村のコテージで24匹もの猫と暮らしていたことがあるという。道理で猫の描写がリアルな説得力に満ちている。猫を飼ったことがある人ならば、深くうなずきながら読むに違いない。猫好きによる、猫好きのための、猫たちの物語であり、世間知らずの育ちの良い男の子が荒波にもまれながら1人前になっていく、頼もしくて身につまされるような成長物語でもある。大人にこそ、年を経て繰り返し読んでみてほしい本だ。

ジェニィ
著者: ポール・ギャリコ
ISBN:410216801X / 発売日:1979-07-27
出版社.: 新潮社

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