双子たちの王国 | [書評]悪童日記

悪童日記
著者: アゴタ クリストフ
ISBN:4151200029 / 発売日:2001-05
出版社.: 早川書房

嫌な事なら何でもやる

ストレスを解消するには、逆に嫌な事やストレスだと思っている事をやればいい。そんな事を書いた記事を読んだことがある。

確かに、嫌だ嫌だと避けているうちに巨大になってしまった恐怖に向き合ってみれば、なんてことなかったと気づくことはあるものだ。溜まってしまった夏休みの宿題も受験勉強も、避けている時よりもこなしている時の方がストレスは少なかった。

こんな話も聞いたことがある。広場を横切る事に死ぬほどの恐怖を持っていた人が、1日に5分だけ広場を横切ることにトライする。少しずつ、段階的に慣らしていき、10分、15分と時間を伸ばしたのち、遂には広場恐怖を克服した……なんて話だ。

これのスパルタ版をこの小説の中に見ることができる。これは戦時の過酷な生活の中で、異様に賢い双子たちが帳面に書きつけた日記、という体で書かれている。日記に書かれた2人の行動を追ってみよう。

双子たちは、自分たちにとって嫌な事なら何でもやる。ふつう恐ろしい事、嫌な事は避けたいものだが、彼等は避けない。痛みが嫌いなら、痛くても平気になるまでお互いに打ちあうし、侮辱や罵倒を辛いと感じるなら、お互いに何も感じなくなるまで面罵し合う。これは『鍛練』なのだ。苦痛を麻痺させ、何が起きても平然としていられるようになるための。支障がなさそうな所だけ書いたが、双子達の鍛練はこれだけではない。なんとも過激である。

2人で1人

この双子たちは2人で1人の世界に生きている。双子の父はかつてこう語ったことがあるほどだ。

『あの2人は、考えるのもいっしょ、行動するのもいっしょだ。2人で、周囲からかけ離れた、特殊な世界に生きている。彼らだけの世界だ。ああいうのは健全じゃないよ。
…中略…
いったい何を考えているのか、外からは絶対に測り知れないんだからな。年の割りに、あまりにも大人びているよ。ものを識りすぎているよ』

双子たちは互いの半身だ。学校に通い始め、別々のクラスに引き離されると、2人は苦痛のあまり失神する。双子たちの常軌を逸する厳しい『鍛練』にせよ、これほどまでに強い結びつきがなければ失敗したことだろう。

戦時下にあって、双子達が住む街を統治する国が変わる度、街は蹂躙され、札束は紙くずになる。規律も『偉い人』も話すべき言語も、全てがめまぐるしく変わっていく。双子たちの父母はこの日記が書き始められた頃、すでに2人のそばにいなかった。食べ物がないので、双子たちはおばあちゃんに預けられたのだ。

父は行方不明で、母ももう戻ってこないかもしれない。雪の日には暖かい服と靴の代りに熱い罵倒をくれるおばあちゃんと暮らす事になった時、双子たちがこの世の何にも信頼を置けなかったことは予想に難くない。彼等は自分達だけの王国、自分達だけの苛酷なルールを作り上げる。その王国は外の世界のルールには頑として従わないが、否定もしない。

双子たちは自分たちの振る舞いが社会的に非行であろうが善行であろうが気にかけない。だが、彼等が何をするにしても、そこには侵し難い秩序があるのだ。

無機質な美しさ

この1冊目を読んで気に入ったなら、続編の『ふたりの証拠』『第三の嘘』もいずれ読むことになるだろう。これは何の気なしに読み始めたのにもかかわらず、夜を徹して読み終え、続編にとびついてしまうような類の本だ。曖昧さと感情を一切削ぎ落とし、正確な記録に徹した文体は無機質で冷たく、硬い。だが、それが美しい。

登場人物は誰もかれも忘れられないほど濃く描かれているのだが、特に注目してほしいのは双子のおばあちゃんのツンデレっぷりである。狡賢く粗暴で、最初の時点ではとても好きになれそうもないおばあちゃんなのだが、時が経つにつれだんだんかわいく見えてくることうけあいである。

ちなみに、今作で書かれていない双子たちの名前は、続編で判明することだが、リュカとクラウスという。糸井重里氏のゲーム『MOTHER3』の中で、この名前は双子のキャラクター名として使われているそうだ。自分はゲームは未プレイなのだが、悪童日記も糸井重里氏も大好きなので、不思議な共通点を感じたことであった。

ともあれ、本を手に取るかどうかいま迷っている人は、躊躇なく読み始めてみてほしい。その価値は絶対にある。

悪童日記
著者: アゴタ クリストフ
ISBN:4151200029 / 発売日:2001-05
出版社.: 早川書房

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