人魚姫は泡になる | [書評]断章のグリム 3巻 人魚姫(上)
悪夢を引き起こすもの
過去を捨てることは難しく、また思いを忘れることはとても難しいことだと思います。
このお話の中で、物語の中心は「過去」ではないか、と私は感じました。捨て去りたいものや、忘れたくても忘れられないもの、また忘れられなければならないもの。残しておかなければならないもの。
そうした人が纏う「過去」が、残響のように追いかけてきてより深い悪夢を引き起こしていきます。
泡につつまれた世界
「だから―――〈愚かで愛しい私の妹。あなたの身と心とその苦痛を、全て私に差し出してくれる?〉」
他のロッジへと応援の要請を受け、蒼衣と雪乃は神狩屋とともにある街へ行くことになる。その町には、かつての神狩屋の過去があった。
かつての婚約者と過ごした街。そこで、婚約者の妹・海辺野千恵に出会う。彼女は姉の死を神狩屋のせいと思い、彼を恨んでいた。7回忌を迎える明日に控える日に、彼が来たのはそして彼女に出会ったのは偶然だったのか。
この街の騎士である人物が隠していた泡禍の被害者は、とても無残なものだった。泡禍の匂いのあふれる街の中で、被害者は骨が見えるほど溶けていた。7回忌に合わせて、千恵の家に泊まることになった雪乃たち。その家は、潔癖症な千恵のせいか大量の泡に囲まれていた。不自然なほどに。
だれが、なんの「役」なのか
「―――あげるわ」
不自然なほどに汚れを嫌う千恵。そんな千恵を持てあます両親。愛犬が死んでしまっても、そのことを悲しむよりも雑菌にあふれていると執拗に手を洗う千恵。
不自然な家で、持てあまされている千恵に気になったことを普通に聞く蒼衣。距離を置いて観察する雪乃。7回忌を待つ家に集まる親族たちと、不自然な泡と奇妙な沈黙を続ける泡禍。
だれが「潜在者」なのか、分からないまま時間だけが過ぎて行く。
そんな彼らをあざ笑うようにお使いにいった千恵は、その場で泡禍に出会う。ぐずぐずにとけてしまった叔母を目撃することになる千恵。彼女は、たくさんの泡の中に姉の姿を見た気がしたのだった。