エクソダス

「エクソダス」の元来の意味は旧約聖書にあるイスラエル民族のエジプト脱出を言うのだとか。もともと住んでいた場所で迫害が始まったため、預言者に率いられて国を脱出し、荒野を長く放浪した末に約束の地へと辿り着く、それが「エクソダス」です。

物語は、中学生が起こす“反乱”をメインに描かれます。きっかけは、アフガニスタンの内戦の中、現地の戦闘民族の1人として、CNNのインタビューに答える16歳の日本人の姿です。日本という国に絶望し、外国の戦闘の中に身を置きながら「われわれには敵はいるが、いじめるものやいじめられるものがいない」と少年は英語で話すのです。後にナマムギと呼ばれることになるその少年が、この後に起こる様々な出来事の発端になります。

そしてその年の秋、全国で中学生たちの集団不登校が話題になります。インターネットが充分に普及し、デスクトップパソコンの値段も下がって中学生たちも自分用のパソコンを手に入れ始めた時代です。中学生たちは草の根のようにインターネットで繋がり、独自の動きを始めるのです。フリーの取材記者・関口は、ナマムギ少年の取材に関わるあれこれで知り合った日本の中学生・中村を介して、中学生たちの活動に、大人として関わっていきます。

日本への絶望

ネットという翼を得た中学生たちは、学校を捨てて独自のビジネスを展開し、経済界に衝撃を与えていきます。アフガニスタンでカラシニコフを肩から下げていたナマムギ少年とは違う衝撃ですが、動機は同じだったでしょう。日本という国が作った枠に絶望し、それを否定する、ナマムギ少年が出した答えはアフガニスタンで戦士になることです。彼に憧れた日本の中学生たちは、経済の力で闘うことにしたのです。

中学生団体のリーダー格の少年・ポンちゃんは、お金というのは信用があるからお金と成り立つのだと関口に説明します。

「お金というのはどうしてお金と認められるかということですが、それはどこかの偉い人が、これをお金にする、と決めたからじゃなくて、みんながその紙切れをどこかに持っていけば何かと交換できると信用しているからなんだって、そのことにもぼくは、突然、気づいてしまったんです。いいですか、これがお金です」

そして、お金を取り出したポンちゃんは、それを見ながらこう続けます。

「だが、何かの拍子にこのお金はただの紙切れになってしまうわけ。それは、実は案外簡単なことで、別に革命とか、内乱とか、戦争とかでなくても、信用、が無くなればそれでオシマイなのです。ぼくは、あの夢が何かを教えてくれたんだろうと思うんだけど。さっき、関口さんは、ICカードの偽造が犯罪だと言ったけど、それは、信用、しているからだと思うんですよ」

この国の貨幣システムを信用していないから、だからポンちゃんは新しい通貨を自分たちで作るのだと言います。

背景には、停滞する日本経済が描かれます。いつまでも改善しない不況、思うようにいかない円相場、下がらない失業率……。

九〇年代の初めに経済の大停滞が始まったころから、既得権益を守ろうとする人々は大勢いたが、新しい信用を創造しようなどという政治家も官僚も銀行家も企業人も学者もいなかった。新しい信用を創造するということは、経済のシステムを根本から新しく作り直すということだろう。そういうことを言った人は、おれの記憶にない。

時代感

2009年になって、ビットコインというシステムが登場しますが、この小説の舞台は2001年前後です。そして、驚くことに、この小説が書かれたのは1998年から2000年にかけてです。村上龍氏が、「2～3年先のこと」として描いたのと、（一部ですが）符合する世界が10年経って現れています。

文庫が発刊された当時（2002年）、初読した時はあまり現実感がなかったんですが、2010年頃に再読して衝撃を受けました。あふれるほどのリアリティ……というよりも「リアルタイムさ」に。そこから時を置いて、また少しずつ、作中で描かれた世界とは乖離していってますが、ただこれは、我々の世界にナマムギがいなかったから、ポンちゃんがいなかったからではないかと思うのです。現在から過去の視点でこの作品を読めば、まるでマルチエンディングの「選ばなかった選択肢」を見せられるようです（その是非は別として）。

村上龍氏の、ねちねちと息継ぎの少ない独特の文体で語られるこの作品は、日本国内での大きな革命を描いた話でもあり、日本経済のガイドブックでもあります。誰か特定の登場人物に感情移入するような物語ではありませんが、「現実には起こらなかった」革命にはちょっとドキドキします。